1.1どのような病気ですか?
家族性地中海熱(FMF)は遺伝性の病気です。患者の症状は繰り返す発熱発作で、腹痛や胸痛、関節の痛みや腫脹を伴います。この病気に罹患しやすいのは地中海や中東の人々、特にユダヤ人(中でもセファルディ)、トルコ人、アラブ人、アルメニア人です。
1.2患者の数はどのぐらいですか?
頻度の高い地域・種族での頻度は、1000人に1-3人程度ですが、その他の民族ではまれです。しかしながら、原因遺伝子が発見され、ごくまれにしかいないと考えられていたイタリア人、ギリシャ人、アメリカ人などでも診断される機会が増えています。
家族性地中海熱の発作は、約90%が20歳以前に始まり、半分以上が10歳までに発症します。男児は女児よりやや多く罹患します。
1.3病気の原因は何ですか?
家族性地中海熱は遺伝性の病気です。原因遺伝子はMEFVと呼ばれる遺伝子です。この遺伝子は炎症反応の終息に関わる蛋白に働きかけますが、家族性地中海熱の患者のようにこの遺伝子に変異があると、炎症の調節機構がうまく働かなくなり、患者は発熱発作を起こします。
1.4遺伝しますか?
ほとんどが常染色体劣性遺伝形式で遺伝します。すなわち、患者の両親はほとんどの場合無症状です。この遺伝形式の場合、家族性地中海熱に罹患した人は二つのMEFV遺伝子の各々(一つは母由来、一つは父由来)に疾患関連変異がある事になります。ということは、両親は保因者(病気は発症しないが、一方の遺伝子にのみ変異を持つ人)となります。この病気を持った人が近親にいる場合は、兄弟姉妹やいとこ、叔父や遠い親戚にもこの病気を持つ人がいる可能性があります。しかしながら、少数の症例でみられるように、一方の親が家族性地中海熱でもう一方がキャリアの場合、子どもが病気になる確率は50%になります。少数ですが、片方の遺伝子や、時には両方の遺伝子に変異がない患者がいます。
1.5なぜ私の子どもはこの病気にかかったのでしょうか?防ぐ方法はないのでしょうか?
あなたの子どもさんが家族性地中海熱の原因となる変異を持っているためです。
1.6他人へ伝染しますか?
伝染しません。
1.7どういう症状が出ますか?
この病気の主症状は繰り返す発熱発作です。腹痛や、胸痛、関節痛を伴います。腹痛が最も頻度が高く、約90%にみられます。胸痛は20-40%、関節痛は50-60%の患者に生じます。
子どもは、通常、腹痛と発熱といった特定の症状発作を反復します。しかし患者の中には、ある時には一つの、別の時には複数の症状が出現するなど、異なる組み合わせの症状発作を起こす例もいます。
これらの発作は1-4日間続いて、自然に落ち着きます(つまり治療なしに終息します)。発作が終わる頃には、患者はすっかり回復し、発作のない間は調子よく過ごせます。発作によっては強烈な苦痛を伴い、医療機関への受診を必要とすることがあります。強い腹痛発作は急性虫垂炎と症状が似ているため、虫垂切除などの不必要な腹部手術を受ける人もいます。
しかし同じ患者であっても、発作の中には、腹部不快感と紛らわしい程度の軽度のものもあります。これが家族性地中海熱の患者を診断するのが難しい理由の一つです。腹痛がある間、子どもは通常便秘になりますが、痛みがやわらいでくると軟らかい便が出るようになります。
小児では発作の間は高熱がでることも、あるいは軽度の体温上昇ですむ場合もあります。胸痛は片側であることが多く、深呼吸ができないほど強い痛みのこともありますが、数日で治まります。
関節の痛みは普通、一つの関節だけにとどまり(単関節炎)、多くは足関節や膝関節に起きます。ひどく腫れたり痛んだりすることがあり、歩けなくなる事もあります。約1/3の患者では痛む関節の周囲に紅斑が出現します。関節炎の発作は他の発作よりもやや長く続き、完全に痛みが引くまで4日から2週間程度かかることがあります。子どもたちの中には、繰り返す関節痛や関節腫脹が唯一の症状である場合があり、リウマチ熱や若年性特発性関節炎と誤診されることもあります。
症例の約5-10%で関節炎が慢性化し、関節の機能障害を起こすことがあります。
症例の中には、家族性地中海熱に特徴的な丹毒様紅斑と呼ばれる紅斑(発疹)が、下肢や関節周囲を中心に出現する事があります。同時に下肢の痛みを訴える事もあります。
まれな発作の様式としては、繰り返す心外膜炎(心臓の外側の層の炎症)や筋炎(筋肉の炎症)、髄膜炎(脳や脊髄を包んでいる膜の炎症)、精巣周囲炎(精巣周囲の炎症)などがあります。
1.8 合併症としてどのようなものがありますか?
家族性地中海熱の患児では、しばしばシェーンライン・ヘノッホ紫斑病や結節性多発動脈炎などの血管の炎症(血管炎)を特徴とする病気がみられます。未治療の家族性地中海熱の症例で最も重篤な合併症はアミロイドーシスです。アミロイドーシスは特殊な蛋白が蓄積する病気で、腎臓、腸、皮膚、心臓などの特定の臓器に沈着し、徐々に機能障害をひき起こします。特に腎臓の機能の低下が問題になります。これは家族性地中海熱に特有ではなく、他の慢性炎症性疾患が適切に治療されない場合でも合併します。蛋白尿の発見が診断の一助となります。腸や腎臓でアミロイドの沈着が認められれば診断は確定します。適量の
コルヒチン(薬物療法の項を参照)を使用することで、命にかかわるアミロイドーシスの進展を防ぐことができます。
1.9症状はどの子でも同じですか?
どの子どもでも同じではありません。さらに言えば、同じ子どもであっても発作ごとに発作の様式、持続期間、重症度は違う事があります。
1.10この病気は小児と成人で違いはありますか?
通常、子どもの家族性地中海熱は大人のものと似ています。しかしながら、関節炎(関節部の炎症)や筋炎などの症状は小児期に多く認められます。発作の頻度は加齢に伴い減少する傾向があります。精巣周囲炎は成人男性より若年男子により頻繁に認められます。アミロイドーシス発症の危険性は、早期発症した無治療の患者でより高くなります。
2.1どのように診断しますか?
一般的には下記のようなアプローチで診断します。
臨床症状より家族性地中海熱を疑う:
家族性地中海熱を疑うのは子どもが最低でも3回の発作を経験している場合です。民族的背景を詳しく聞き取り、同様の症状の人や腎不全になった人が血縁にいないかも詳しく聞きます。
これまでの発作がどうであったのかもご両親に詳しく説明してもらいます。
追跡調査:
家族性地中海熱が疑われる子どもは、確定診断がつくまで注意深く診ていく必要があります。この追跡期間において、可能なら発作時に、患者に受診してもらい全身の診察や血液検査で炎症の有無を評価します。通常、これらの検査は発作の時期には陽性になり、発作が治まった後には正常もしくはほぼ正常に戻ります。診断補助のために分類基準が作成されています。諸処の事情により、発作時の子どもを診察できるとは限りませんので、両親には日記をつけてもらい、起こったことを詳しく記述してもらいます。近くの病院で血液検査をしてもらうのもよいでしょう。
コルヒチン治療への反応性:
臨床経過や検査結果により家族性地中海熱の可能性が高いと考えられる子どもたちには、コルヒチンを約6ヶ月間投与し、症状を再評価します。家族性地中海熱の患者では、発作がなくなるか、頻度や重症度、持続期間が軽減します。
上記のステップを踏んで初めて患者は家族性地中海熱と診断できます。その後は生涯にわたりコルヒチンの内服をしていきます。
家族性地中海熱は全身の多様な臓器を侵しますので、様々な専門家が診断や治療に関わっていくことになります。一般小児科医、小児もしくは成人のリウマチ専門医、腎臓専門医、消化器専門医などです。
遺伝子解析:
近年、家族性地中海熱の発症に関係すると考えられる変異があるかどうか、患者の遺伝子解析で確認することが可能になっています。
父・母の各々から由来する、二つの疾患関連変異を患者が持っていれば臨床診断は確定します。しかし、現時点でこのような両方の変異が見つかるのは家族性地中海熱の患者の約70-80%程度です。つまり家族性地中海熱の患者の中には一つだけか、時には全く変異が見つからない患者がいるということになります。そのため、家族性地中海熱の診断は依然として臨床判断によってなされています。遺伝子検査はどの治療センターでもできるわけではありません。
発熱や腹痛は小児期によく認められる症状であり、家系から高リスクと考えられる人々の中でも、家族性地中海熱と診断するのは簡単ではないことがあります。診断までに数年かかる事もありますが、無治療の患者ではアミロイドーシスのリスクが高まりますので、診断の遅れは最小限にするべきです。
発熱、腹痛、関節痛の発作を繰り返す病気は多数あります。これらの病気の中には同じく遺伝性の病気で共通する臨床症状を持つ病気もあります。しかし、各疾患には鑑別に役立つ臨床的・検査的特徴が存在します。
2.2検査で重要なものは何ですか?
血液検査は家族性地中海熱の診断に重要です。赤沈(ESR)、CRP、血算、フィブリノーゲンの検査は発作時(発作開始から最低24-48時間後)の炎症の程度を評価するのに重要になります。これらの検査は症状がなくなった後も繰り返し、検査値が正常化するかそれに近くなることを確かめます。1/3の患者では検査結果は正常化します。残りの2/3では検査値が明らかに改善しますが、正常上限をやや越えたところにとどまります。
遺伝子検査にも少量の血液が必要となります。コルヒチンを生涯飲み続ける子どもは血液や尿を1年に2回は検査して経過を診ていく必要があります。
尿検体では蛋白尿や尿潜血がないか確認します。これらは発作の間に一時的に出現することがありますが、常に蛋白尿がみられる場合はアミロイドーシス発症の可能性があります。その場合、医師は直腸や腎生検の施行を検討します。直腸生検とは直腸から非常に小さな組織を採取するもので、とても容易に施行できます。直腸生検でアミロイドが確認できなかった場合、診断を確認するため腎生検が必要となります。腎生検には入院が必要となります。生検で得られた組織は染色され、アミロイドの沈着を評価されます。
2.3治療法や根治療法はありますか?
家族性地中海熱を完治させることはできませんが、生涯コルヒチンを飲み続けることにより治療できます。これにより繰り返す発作を予防もしくは発作回数を減少でき、アミロイドーシスは予防可能です。薬の内服をやめてしまうと、発作が出現しアミロイドーシスになる危険性が高まります。
2.4治療としてどのようなものがありますか?
家族性地中海熱の治療は適正量を使用する限りは、簡単で、費用も高くなく、大きな副作用も出ません。今日、自然産物であるコルヒチンが家族性地中海熱の予防薬となっています。診断がつけば、子どもはこの薬剤を一生涯飲み続ける必要があります。適正に内服できれば、発作は60%の患者で消失し、30%で部分的な改善が認められますが、5-10%の患者では効果が得られない場合があります。
コルヒチン治療は発作をコントロールするだけでなく、アミロイドーシス発症を予防します。ですから、薬を処方通りに内服することがどれだけ大切かを、何度も両親と患者に説明することが重要です。内服を正しく続けてもらうことはとても重要で、きちんと内服できていれば子どもは通常の生活を送ることができ、余命も一般の人と変わりありません。両親は医師に相談なしに用量を調節してはいけません。
コルヒチンの用量を発作時に増量しても無効ですので増量してはいけません。重要なのは発作を予防することです。
生物学的製剤はコルヒチン治療に抵抗性の患者に使用されます。
*本邦では、2015年の時点で家族性地中海熱に保険適応のある生物学的製剤は存在しません。
2.5薬物療法の副作用にはどんなものがありますか?
子どもが薬を一生涯飲み続けなければならないことを受け入れるのは簡単ではありません。両親はいつかコルヒチンの副作用がでてくるのではと心配しますが、コルヒチンはおおむね安全な薬です。小さな副作用が出ることがありますが、たいていは減量で改善します。最も多い副作用は下痢です。
頻回の水様便がとても辛くて、内服が続けられなくなってしまう子もいます。そのような場合は、いったん下痢が許容できる程度に改善するまで薬を減量し、少量ずつ適正量まで増量していきます。また食事中の乳糖を3週間程度減らすことで胃腸症状はしばしば消失します。
他の副作用として、悪心、嘔吐、腹痛があります。まれには筋力低下を合併します。末梢血中の血球(白血球、赤血球と血小板)が減少することもありますが、薬の減量により改善します。
2.6治療期間はどのくらいになりますか?
家族性地中海熱では一生涯にわたって予防治療を続ける必要があります。
2.7代替治療、補完療法はありますか?
有効な補完療法の報告はありません。
2.8どのような定期的な受診・検査が必要ですか?
治療中の子どもたちは血液・尿検査を最低でも1年に2回は受ける必要があります。
2.9病気はどのくらい続きますか?
家族性地中海熱は一生涯にわたる病気です。
2.10長期的予後(予想される結果や経過)はどのようなものですか?
適正にコルヒチンの内服を続ける事ができれば、家族性地中海熱の子どもたちは普通の一生を送ることができます。診断が遅れたり治療を途中でやめてしまったりしたときには、アミロイドーシスを発症する危険性が上がり、予後は悪くなります。アミロイドーシスを発症してしまった患者は腎移植が必要になることがあります。
成長障害は家族性地中海熱の主要な問題にはなりませんが、中には思春期に遅れていた成長発達がコルヒチン治療開始後に認められる場合があります。
2.11完全に治る可能性はありますか?
いいえ、遺伝性の病気ですので完治は見込めません。しかし、生涯にわたりコルヒチン治療を続けることで、様々な制限を受けることなく、アミロイドーシスをおこさずに、通常の生活を送ることが可能になります。
3.1病気のために子どもと家族の日常生活にはどういう影響がありますか?
この病気の診断がつくまでに、すでに子どもやその家族は大きな苦痛を経験しています。子どもは強い腹痛や、胸痛、関節痛で頻回の受診を必要とし、中には誤診により不必要な手術を受ける子もいます。診断がついた後は、子どもと両親の両者がほぼ普通の生活を送ることを治療目標とするべきです。家族性地中海熱の患者は長期にわたる内服治療を必要とするので、コルヒチン内服を怠りがちになることがあります。こうなるとアミロイドーシス発症の危険性が高まってしまいます。
生涯にわたる治療という心理的な負担は無視できない問題です。心理的なサポートならびに両親及び患者にこの病気のことをよく知ってもらうことは大きな助けとなります。
3.2学校についてはいかがですか?
頻回の発作は学校生活の大きな支障となりますが、コルヒチン治療によりこの問題はほぼ解決します。
学校の先生方に病気について説明し、特に発作時の対処法について助言することは有用です。
3.3スポーツはできますか?
コルヒチンを飲み続けている家族性地中海熱の患者は好きなスポーツができます。ただ関節炎が長引いた場合、炎症の起きた関節の可動域制限がでてくることがあります。
3.4食事についてはいかがですか?
特別な食事療法はありません。
3.5天候は病気の経過に影響しますか?
影響しません。
3.6予防接種を受けることができますか?
ワクチンは接種できます
3.7 性生活、妊娠、避妊についてはいかがですか?
コルヒチン治療前には生殖能力が落ちていることがありますが、コルヒチン内服を開始すると正常になります。精子数の減少は治療に用いられている用量ではとてもまれです。女性は妊娠や授乳の期間にもコルヒチンの内服を止める必要はありません*。
*現時点で本邦では妊娠中のコルヒチン内服は禁忌とされています。