ライム関節炎 


版 2016
diagnosis
treatment
causes
Lyme Arthritis
ライム関節炎
ライム関節炎はボレリア・ブルグドルフェリという細菌の感染によって引き起こされる病気(ライムボレリア症)のひとつで,イクソーデス属マダニに刺されることで感染します。 ボレリア・ブルグドルフェリは皮膚,中枢神経,心臓,眼などの様々な臓器に感染しますが,ほとんどのライム関節炎の患者さんでは関節だけに感染しています。その場合でも経過中に,遊走性紅斑という皮膚症状(マダニに刺された部位から赤い皮疹が広がる)を認める場合があります。 ライム関節炎を治療せず放置した患者さんでは,頻度は低いですが中枢神経系症状へと進行する 可能性があります。 1
evidence-based
consensus opinion
2016
PRINTO PReS
1.ライム関節炎とは
2.診断と治療
3.日常生活



1.ライム関節炎とは

1.1どんな病気でしょうか?
ライム関節炎はボレリア・ブルグドルフェリという細菌の感染によって引き起こされる病気(ライムボレリア症)のひとつで,イクソーデス属マダニに刺されることで感染します。
ボレリア・ブルグドルフェリは皮膚,中枢神経,心臓,眼などの様々な臓器に感染しますが,ほとんどのライム関節炎の患者さんでは関節だけに感染しています。その場合でも経過中に,遊走性紅斑という皮膚症状(マダニに刺された部位から赤い皮疹が広がる)を認める場合があります。
ライム関節炎を治療せず放置した患者さんでは,頻度は低いですが中枢神経系症状へと進行する 可能性があります。

1.2ライム病の頻度はどのくらいでしょうか?
関節炎を発症したお子さんのごく一部の原因がライム関節炎です。ヨーロッパでは,細菌感染が原因でおこる小児や若者の関節炎で最も頻度の高いものです。おもに学童期のお子さんにみられる病気なので,3歳以下のお子さんがかかることは,あまりありません。
ヨーロッパの全域で発生しますが,とくに中央ヨーロッパやバルト海周辺の南スカンジナビアで流行します*。4月から10月にかけて(気温や湿度の条件で)活発に活動するボレリア・ブルグドルフェリに感染しているダニに刺されることで感染しますが,感染してから関節が腫れ始めるまで長時間かかるため,ライム関節炎は1年を通じてどの季節でも発症する可能性があります。 *日本では本州中部以北(特に北海道および長野県)で発症します。

1.3病気の原因は何でしょうか?
イクソーデス属マダニに刺されることで体内に侵入する,ボレリア・ブルグドルフェリという細菌の感染により生じます。ほとんどのマダニは細菌に感染していないので,マダニに刺されても多くの場合は病気に罹りません。遊走性紅斑を発症しても,ライム関節炎がみられる第2期以降の症状に進行する訳ではありません。
遊走性紅斑がみられる早期の段階で抗菌薬による治療を受けることが大切です。このような背景があるので,毎年最大1000人に1人の小児がライム・ボレリア症による遊走性紅斑を生じ得ますが,進行期の合併症であるライム関節炎の発症は滅多に起こりません。

1.4遺伝する病気でしょうか?
ライム関節炎は感染症なので,遺伝はしません。抗菌薬による治療を受けたにも関わらずライム関節炎を発症しやすい体質があることがわかっていますが,その詳細なメカニズムはわかっていません。

1.5なぜ,私の子どもがライム関節炎になったのでしょうか? それを予防することは出来たのでしょうか?
マダニが生息するヨーロッパでは,子ども達がマダニに刺されないようにするのは困難です。じつは,多くの場合ダニに刺されてもボレリア・ブルグドルフェリはすぐには伝播しません。細菌がすでにマダニの唾液腺へ移動していた場合でも,唾液とともに人間などの宿主へ侵入するまでに,数時間から1日程度かかります。マダニは3~5日間宿主に付着し,血液を吸い続けます。夏季に毎晩お子さんにマダニが付着していないかを確認し,すみやかに取り除いてあげれば,ボレリア・ブルグドルフェリの伝播は,ほとんど起こりません。マダニに刺された後に予防的に抗菌薬を服用することは,推奨されていません。
しかし,感染初期症状である遊走性紅斑が生じた場合には,抗菌薬による治療を受けるべきです。この治療は細菌のさらなる増殖を防ぎ,ライム関節炎を予防するでしょう。米国ではボレリア・ブルグドルフェリのひとつの菌種に対するワクチンが開発されましたが,接種を希望する人が少なく発売中止になりました。アメリカとヨーロッパで流行する菌種が異なるため,このワクチンはヨーロッパの人にとっては有用でありません。

1.6人から人に感染する病気ですか?
この病気は感染症ですが,細菌はマダニから人に伝播するので,人から人へ感染が広がることはありません。

1.7主な症状には,どのようなものがありますか?
ライム関節炎の主な症状は,関節液が貯留したために生じる関節腫脹と関節の可動域制限です。関節の腫脹が目立ちますが,関節痛は無いかあっても軽度です。膝関節が最も高頻度に冒されますが,他の大関節や時には小関節も冒される場合があります。膝関節にまったく症状を呈さないことは稀で,3分の2の患者さんでは膝の単関節炎です。95%以上の患者さんが少関節炎(4関節以下)の経過をたどり,しばしば膝関節炎のみ遷延します。3分の2の患者さんでは,ライム関節炎は「不規則な間隔で時おり生じる関節炎」として発症します。すなわち,関節炎は数日から2~3週間続いた後で自然に消失しますが,まったく何の症状も認めない期間の後に,再び同じ関節に関節炎が再燃するのです。
時間が経過するにしたがって,関節炎を生じる頻度は減少し,関節炎の持続する期間も短くなるのが一般的ですが,関節炎の頻度が次第に増える症例や,最終的に慢性関節炎になってゆく症例もいます。例外的ですが,はじめから3ヵ月以上遷延する慢性関節炎として発症する症例もいます。

1.8どの子にも同じ症状を認めますか?
いいえ。関節炎は,たった1回のエピソードしか認めない急性関節炎,症状を反復する関節炎,あるいは慢性関節炎など様々です。関節炎は、小さいお子さんではより急性の,思春期のお子さんではより慢性の経過をたどります。

1.9小児の症状は,大人の症状と異なりますか?
ライム関節炎の症状は,大人も子どもも似ています。しかし,低年齢のお子さんのほうが経過が早く,抗菌薬治療が効きやすいです。


2.診断と治療

2.1どの様に診断されるのでしょうか?
原因が明らかでない関節炎を初めて診断する場合には,鑑別疾患としてライム関節炎を挙げるべきです。症状からライム関節炎を疑い,血液や(腫脹した関節より採取された)関節液を用いた検査でライム関節炎の診断を確定します。
血液検査では,ボレリア・ブルグドルフェリに対する抗体を EIA法で検討します*。EIA法でボレリア・ブルグドルフェリに対するIgG抗体が存在したら,免疫ブロット法あるいはウエスタンブロット法といった診断を確定するための検査を実施するべきです。 *感染した地域により検査の方法が異なります。北米での感染の場合は検体を北米に送付して検査を行いますが,日本国内あるいは欧州での感染の場合は国立感染症研究所にて検査が可能です。
その結果が陽性ならばライム関節炎の診断が確定します。PCR法を用いて関節液の中に存在するボレリア・ブルグドルフェリの遺伝子を確認することでライム関節炎の診断を確定することも出来ます。しかし,血清中の抗体を測定する方法に比べて,PCR法は偽陰性や偽陽性となる場合があり信頼性は低いです。(小児リウマチを専門としない)小児科医がライム関節炎を診断した場合,抗菌薬治療による治療を行って改善しなかった際には,その先の治療を小児リウマチ専門医と連携しながら行うことを考慮してください。

2.2検査に関する留意事項
血清学的検査で診断が確定した後は,通常は炎症マーカーや血液生化学検査を実施します。さらにほかの感染症が関節炎の原因として疑われる場合には,適切な検査を実施します。
EIA法や免疫ブロット法で診断が確定した後は,これらの検査を繰り返す必要はありません。抗菌薬治療が奏功しても数年間は強陽性が続くために,治療反応性の評価法として向かないからです。

2.3治療できますか? 治癒しますか?
ライム関節炎は細菌感染症なので,抗菌薬投与による治療が行われます。ライム関節炎の患者さんの80%以上の方は,1剤目あるいは2剤目の抗菌薬治療により治癒します。改善しなかった10~20%の患者さんは,3剤目以降の抗菌薬治療を継続しても治癒は期待できないので,抗リウマチ薬による治療が必要です。

2.4どの様な治療を受けるのですか?
ライム関節炎の治療は,抗菌薬の4週間の経口投与,あるいは2週間以上の経静脈投与によって行われます。アモキシシリンあるいはドキシサイクリン(9歳以上の小児の場合のみ)の内服を継続することが困難な場合には,セフトリアキソンあるいはセフォタキシムの点滴静注が良好な効果を期待できます。

2.5薬物治療の副作用は?
経口抗菌薬による下痢や薬剤に対するアレルギー反応などの副作用が生じる可能性があります。しかし,ほとんどの副作用は稀で軽微なものです。

2.6治療期間はどれくらいですか?
抗菌薬治療の終了後には,関節炎が持続し「治癒しなかった」と結論するまで,6週間は経過観察を行うことが推奨されています。
治癒しなかった場合,もう1種類の抗菌薬の投与を行うことが出来ます。2種類目の抗菌薬の終了後6週間が経過しても依然として関節炎が遷延する場合には,抗リウマチ薬を開始する必要があります。通常は,非ステロイド性抗リウマチ薬が処方され,コルチコステロイド の関節内注射(多くは膝関節)を併用します。

2.7治癒後の定期的な検診は必要でしょうか?
唯一の有用な検診は関節診察です。関節炎を認めない期間が長いほど再燃の危険性は低くなります。

2.8ライム関節炎は,どの位の期間続きますか?
80%以上の患者さんは,1種類目あるいは2種類目の抗菌薬治療の後に関節炎は消失します。残りの患者さんでは,関節炎が数カ月から数年遷延した後に消失します。最終的には,ライム関節炎は治癒します。

2.9ライム関節炎の長期予後は?
抗菌薬治療の後,ほとんどの患者さんでは後遺症を残さずに治癒します。関節可動域制限や早発変形性関節症などの明らかな関節障害が生じる場合もあります。

2.10完全に治りますか?
はい。95%以上の患者さんは,完全に回復します。


3.日常生活

3.1ライム関節炎は,お子さんやそのご家族の日常生活にどの様な影響を与える可能性がありますか?
関節痛や関節可動域制限のために,お子さんがスポーツをする際に,以前のようには早くは走れないなどの問題を経験するかも知れません。多くの患者さんではライム関節炎の症状は軽いため,軽微で一時的な問題で済むことが多いです。

3.2学校生活については?
一時的には,体育の授業への参加を見合わせる必要が生じる可能性があります。どの運動なら参加できるのか否かを,自分自身で決めるようにすると良いでしょう。

3.3スポーツは出来ますか?
スポーツをするかしないかは,自分自身で判断すると良いでしょう。お子さんがスポーツチームに所属していて決められた練習メニューがあるのであれば,患者さんの希望に沿うように練習量を減らすなどの調整を行うと良いでしょう。

3.4食事療法は?
育ち盛りのお子さんにとって,十分なタンパク質とカルシウムとビタミン類を含むバランスのとれた食事は望ましいものです。食事内容を変更してもライム関節炎の経過に影響は与えません。

3.5ライム関節炎の経過に天候は影響しますか?
マダニは高温多湿な環境を必要としますが,関節に感染が成立した後には,気候変動が病気の経過に影響することはありません。

3.6予防接種を受けられますか?
ワクチンの接種に支障はありません。ワクチンの効果や副反応に病気や抗菌薬治療が影響することはありません。ライムボレリア症に有効なワクチンは現時点では存在しません。

3.7性生活はどうでしょうか? 妊娠や避妊についてはどうすれば良いのでしょう?
この病気による制約はありません。


 
支援
This website uses cookies. By continuing to browse the website you are agreeing to our use of cookies. Learn more   Accept cookies